札幌在住の漫画家志望者を交流させるためのブログ
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  輝きを求めて


    決意

「バカヤロー!」
「死ねーー!」
「消えちまえー!」
 コンサート会場に罵声が響き渡る。それらはステージに立つまだあどけなさの残る一人の少女に向けられていた。
「……本当に、ごめんなさい……」
 少女はうつむき、左手のこぶしを強く握り締めながら、右手に持ったマイクにそうつぶやいた。しかし、その後の少女の言葉が会場をさらなる罵声の渦へと巻き込んだ。少女はそこにたちつくすしかなかった……。
 突然、観客席の最前例に座っていた男が飛び出し少女に走り寄る。しかし、誰も彼を止めようとはしない。その男は大きく腕を振り上げて少女に思い切り平手打ちを食らわせた。
 少女の顔は大きく振られ、右手からマイクがこぼれ落ちた。しかし、少女に動揺の様子はない、むしろ、それを覚悟しているかのようだった。

     運命

 約半年程前のことだった。少女美優は、ある小さな芸能事務所を訪れた。自らデモテープを送り二次選考まで進んだオーディションの話を断るために。
 古ぼけたビルの一室にあるその事務所の中は、芸能界という華やかな世界とはかけはなれて見え、誰かから説明されなければとても芸能事務所とは思えないような粗末なところだった。
 彼女の応対に社長を名乗る五十代の男性とまだ二十代後半位の若い男が出てきた。
 三人は応接ソファーに腰掛けた。
「君は本当にそれでいいの?」社長が切り出した。
「君の送ってくれたデモテープ聞かせてもらったけど、すばらしいよ、今回の応募者の中では断トツだ。もう、後の選考は形式だけにして君をデビューさせたいと思っていたところなんだが……」
 社長は美優の歌のすばらしさを強調するような口調で彼女に優しく話しかけたが、隣に座っている社員の男は、どこか冷めた様子で社長の話を聞いていた。
「ありがとうございます、そう言ってもらえると嬉しいです、それにデビューまで考えていてくれてたなんて、でも……」
「この才能を埋もれさせるなんて僕には出来ないよ、君の曲を聴いて勇気付けられたり励まされたりする人がどれほどいることか」
「でも、やっぱり迷惑がかかりますし……」
「歌手になるのが君の夢だったんだろ?、このまま果たせなくて終わっていいの?、チャンスはもう二度ないんだよ」
 美優は下を向き少し考えこんだが、社長はせかすことなく美優のその様子を見守っていた。しばらくして美優は顔を上げた。
「でも、わたし、あと半年の命なんですよ!」
 美優は社長の顔をじっと見た。
「順調に行くと思っていたのに残念だよ、まさかこんなことになるなんて。でも、うちのことなら心配しなくていい、迷惑なんかじゃないから。たとえ数ヶ月しか活動できなかったとしても君の夢は果たせるし、君のすばらしい歌はこの世に残るんだ」
 美優は無言だった。
「まあ、とにかく悪いようにはしないから。今度の日曜三時、ここに来てくれないかな」
 そう言うと社長は名刺よりやや大きめの紙切れを美優に手渡した。美優は戸惑いながらもそれを受け取ると、その日はそれで事務所を後にした。
「社長いいんですか?、あんなこと言って。かわいそうだとは思うけど、デビューさせたって赤字ですよ。活動期間数ヶ月じゃあ元がとれないじゃないですか。赤字出してまで同情することないですよ」
 社員の斉藤が言った。
「いいんだ、心配するな、あれは金になる」
 帰っていく美優を窓越しに見ながら社長は笑みを浮かべていた。
 次の日、美優は父親の優と共に中規模の病院を訪れた。
 診察室で医師山田の前に座る美優、後ろには優が立っている。
「病状は進行している。今はまだ大丈夫だけど、これからだんだん体がだるくなってくると思う。あまり無理はしない方がいいね」
 山田は美優に率直に話した。
「なあ、お前でも治せないのか?、お前、昔から頭良かったじゃないか」
 優が山田に問いかける。
「この病気、ほとんど症例がないんだ。原因もまだわかってない。世界全体でも年に十件報告があるかないかのまれな病気でな。俺も留学していた頃に文献でちょっと見たくらいなんだ。ただひとつわかっていることは助かった患者は一人もいないということだけだ」
「あっ、ごめん」
 山田はとっさに美優を見て謝った。
「先生が謝ることないよ。わたし気にしてないから。それに、自分の本当の状態を知っておきたいし」
「治せる方法がないか、俺も全力を尽くすよ、だから美優ちゃんも頑張ってね」
 気休めの言葉だった。どうすることもできないのは山田自身が一番よく知っていた。
「なあ、美優。そう言えばオーディションの話どうなった。ちゃんと断ってきたのか?」
 優は話をそらした。
「えっ、オーディション?」
「いやー、こいつ芸能事務所にデモテープ送ったら通っちゃてさ、二次選考まで進んだんだけど……」
「美優ちゃんすごいじゃない。歌手は昔からの夢だもんね。へぇー、やっぱり才能あるんだ。歌上手いもんなあ」
「先生、ほめてくれてありがとうね。でも、こんな病気になっちゃったから……、もういいの。あきらめたの。一次審査通っただけでもわたしは満足。残りの時間は治療に専念します」
 治療法もないのに治療に専念など出来るわけがない。三人ともそれは十分わかっていた。 
 夢をつかみかけながら、それを自らに言い聞かせあきらめようとしている美優のくやしさと、それをあきらめたからといって逃げられない美優の運命が優と山田にはせつなく感じられた。
 深夜二時を過ぎたビジネスホテルの一室で、優がコンビニで買ってきた弁当を食べている時だった。優の携帯が鳴った。美優からだった。
「どうした、こんな夜中に」
 優の出張先に美優が電話をかけてきたことは今まで一度もなかった。家で何かあったのだろうか。優は思った。
「お父さん、出張する時はいつも二時過ぎに夜食たべてるって言ってたから、一人ぼっちで食べてて寂しくないかなって思って。話し相手になってあげようかなって」
「やさしすぎるよ」
「えっ?」
「いつものお前じゃないみたいだ」
「そうかな……、……うん、そうだね、わたし、普段こんなこと言わないよね」
「さみしいのか」
「……うん、ちょっと、そうかも……」
「怖いのか」
「……」
「俺、明日帰るから」
「えっ、今週いっぱい出張でしょ」
「会社は辞める。明日辞表出したらすぐ家に戻るから」
「えっ、ちょっと待ってよ!、お父さん」
「気にするな!」
「でも……」
「それから、お前にひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」
「えっ、なに?」
「俺が帰るまでは生きててくれよな」
「……うん、大丈夫、……ありがとう、おやすみ」
 翌日の午後、美優が家に帰ってくると優が出迎えた。
「お帰り、美優」
「お父さん、本当に会社辞めちゃったの」
「ああ、さっき辞めてきた。まだ、仕事の引継ぎが残ってるからたまに会社に行くことはあるけど、これからはずっとお前と一緒にいられる」
「でも、生活費とかどうするの?」
「うちにだって貯金はある。大丈夫だ」
「どう見たってうち貧乏じゃない、どこにそんなお金があるのよ」
「少ないけど退職金も出るんだ、しばらくの間は十分暮らせる」
「しばらくか……」
「あっ」
「ううん、いいの。気にしないで。最期まで一緒にいてくれるってことでしょ。ありがとう、……迷惑かけてごめんね」
「……なあ、美優、どこか行きたいところとかないか?、あと、欲しい物とかないか?、あったら何でも言えよ。お金のことは心配するな。そんなもん、後からいくらでも稼げばいいんだから」
「別に何もいらないよ」
 優は残念そうな顔をした。
「そうだ、お父さん、今まで行った所一緒にまわらない。私が小さい頃、お父さんが連れてってくれた所。遊園地とか観光地とか、あと苦労して登った山とか。ねぇ、行こうよ、二人の思い出をめぐる旅って素敵じゃない」
「昔行った所でいいのか?、新しい所の方がいいんじゃないか。まだ、見てない所だっていっぱいあるんだから」
 楽しい思い出がつまった場所をめぐるとお互いつらくなるかもしれない。優は思った。
「私、学校やめようかな、学校行ってたらあちこち行く時間なくなっちゃうよね」
「いいのか?。まだ入学してから一ヶ月も経ってないだろ。あんなに一生懸命勉強して入ったところなのに」
「もって半年って言われてるのに、学校行っても意味あるのかなって思って。あの受験勉強もなんだったんだろ。無駄な努力だったのかな。勉強だけじゃない、いままで努力してきたいろんなことも、結局全部無駄だったのかな」
「そんなことない。俺はお前の頑張ってる姿見るの好きだったし……。学校の方は、お前の好きなようにすればいい。お前の時間なんだから」

 テーブルの上に料理がところせましと並べられている。野菜サラダに焼き魚、豆料理に煮物、その他にも中華料理やざるそばまである。
「お前、これちょっと作りすぎじゃないのか」
 優はあきれた顔をした。
「ひまだったし。魚と豆は私きらいだからお父さん全部食べてね、体にいいんだから。残したらダメだからね」
「作り過ぎだって」
 美優はただ笑うだけだった。
「ねぇ、明日どっか行かない?」
 食事もそろそろ食べ終わる頃、美優が言った。
「いいけど、急だな。どこか行きたい所あるのか」
「明日、事務所の社長に三時にここに来てって言われたんだけど、三時まで暇だし一緒に昼ごはんでも食べに行かない。おいしい所限定で」
 美優は社長から手渡された紙切れを優に見せた。
「ああ、この辺なら美味い料理出す店知ってるぞ。……でもなんで社長はまた来てくれなんて言ったんだ、事情は話したんだろ」
「なんでかなあ、でも今度はちゃんと断ってくるよ」
 翌日、二人は街に出かけた。
 食事をする前にデパートの洋服のコーナーに行くとカップルの客が二、三組いて洋服を選んでいた。何か場違いな空気を感じそわそわする優。美優はいろいろな服に目移りしてるようだった。ただ、時折、楽しそうに話すカップルが気になるのか、時々そちらに目をやった。優も美優の視線には気づいていた。
「俺、やっぱりこういうところ恥ずかしいからさ、お前一人で選んでろよ。決まったら呼びに来い。俺さっきの休憩所のベンチの所で待ってるから」
 そう言うと、優は美優を残しさっさとその場を後にした。
 一通りの買い物を終えると、父娘は、外の様子がよく見える喫茶店の窓際の席に陣取った。しばらくするとナポリタンスパゲッティが二つ運ばれてきた。おいしそうにそれを食べる美優と優。
「似合うな、その服」
 新しい服に着替えた美優を見て優は言った。
「どの服着たってそういうくせに」
「はは、そうだけどな」
「でもさ、この店、雰囲気いいよね、この窓から見える街路樹もきれいだし、また来たいな、ここ」
 美優は窓の外をぼんやりと見ながら言った。
 美優が外を眺めていると、さっきデパートで買い物をしていたカップルが、仲良くより添いながら歩いていくのがの目に入った。
「恋愛か……、私もしたかったな……」
 なにげない一言だった。
「今からだってできるじゃないか」
 優はそう話しかけた。
「相手になる人に悪いでしょ、向こうがいいって言ったって、結局、迷惑かけるだけなんだから」
「そうか……」
 他にかける言葉が優には見つからなかった。
「それよりさ、お父さんは、来年いい人見つけて結婚しなよ、一人ぼっちになったら寂しいでしょ」
 来年は自分がこの世に存在しないことを前提に明るく話せ、なおかつ、父のことまで気遣う美優のやさしさが、優には、とてもせつなく、そしていとおしく感じられた。
「俺、もう家族つくる気ないから」
 優は言った。
「えっ、どうして?」
「だって、お前が生まれ変わってこの世に戻ってきたら、お前と結婚したいから」
「はあ?、なにそれ?」
 自分でもバカなことを言ったなと優は思った。でも、言えなかった、お前のことを忘れないようにするためにもう家族はつくらないとは。
「いいよ、結婚してあげる。最短でも四十歳差かあ、でも、ちゃんと私を見つけてね」
「ああ、見つけるさ……」
 会話の内容は決して明るいものではないのに、美優が笑顔でいてくれていることに優は少し安心した。
「そうだ、お前にプレゼントがあるんだ」
 優はそう言うと、ポケットの中から小さな袋に包まれたものを取り出し、美優に渡した。
「えっ、なに?」
 美優がその袋を開けると中から素人が見てもわかるような高級そうな腕時計が出てきた。
「これ、すごく高そうだけど、いくらしたの?、こんなすごそうなものもらっても……、時間なんて携帯見ればわかるし、返すんなら早いほうがいいよ」
「百年以上は動くんだぞ、どうだ、すごいだろ」
「いや、すごいのはわかるけど、もったいないよ、どうせあとちょっとしか使えないんだから、机の中でホコリかぶっちゃうよ」
「いいんだ、ちょっと早いけど、お前の誕生日に腕時計プレゼントしようって決めてたんだ」
「お父さん、誕生日って……、私の誕生日は七月!、今は四月!、なんとなく言葉は似てるけどさ、全然違うから」
 美優はあきれたまなざしで父を見つめた。
「細かいこと気にするなよ、もらえる時にもらっとけ、お前が使い終わった後は俺が使うから」
 その言葉の真意を美優は一瞬にして悟った。
 冷静に考えれば父が自分の誕生日を間違えることなどありえない、次の誕生日、私は生きていないかもしれない、もって半年って言われてるんだ、だから、いま渡すんだ。お父さんは。私の使い終わった時計を形見にして自分で使うつもりだ、毎日時計を見て私のことを忘れないようにするために。お父さんは、そういう人だ。だからさっき、家族はもうつくらないって言ったんだ。
 すべて図星だった。仲のいい父娘だけにお互いのことをすぐに察してしまう。
「ありがとう、じゃあ、もらっとくね、後でお父さんが使うなら無駄にならないもんね」
 美優はそう言うと、ポケットの中に時計をしまいこんだ。
 食事を全部食べ終わると美優が言った。
「今日はありがとうね、社長のところには私ひとりで行くから、お父さんは先に帰ってて、時間かかるも知れないし」
「そうか……」
「それから、後で洋子ちゃんのところに寄ってくるから帰り遅くなるかもしれないから」
「洋子ちゃんって?」
「あれ、言ってなかったっけ?、山田先生の所に入院している私と同い年の女の子、最近友達になったんだ、……余命一年なんだって、かわいそうだよね……」
「……」
 喫茶店を出でてから二人は別れてそれぞれの道を歩いていった。

     罠

 社長から渡された紙切れをみながら美優は街のビル街を歩いていた。なかなか場所が見つからず、時間はもう三時近くになろうとしていた。さすがに美優もあせり、携帯を取り出し社長に電話をして道案内をしてもらおうと思った。美優の性格上、約束の時間に遅れるなどあってはならないことだった。根はとてもまじめなのだ。
 道路の反対側を事務所の社員の斉藤が歩く姿が美優の目に入った。
「斉藤さーん」
 美優は大きく手を振り斉藤の名前を呼んだ。斉藤も美優に気づいた。
 車がいないのを確認してから美優は車道を走って横切り斉藤に駆け寄った。
「もう、こないかと思ったよ、社長が道に迷ってるかもしれないから探して来いって言ってさ、良かったよ、すぐに見つかって」
「すいません」
「準備はできてるから、早く行こうか」
「えっ?」
 一瞬とまどう美優の腕をつかみ斉藤は美優をビルの中へと連れて行った。
 二人で廊下を歩いていると、中ホールと書かれた部屋の表示板が見えてきた。ホールの入り口のところにたどり着くと斉藤がそのドアを開けた。
 美優はホールの中のその光景に唖然とした。
 目の前には机が整然と並べられ、そこには背広姿の大人たちがメモ用紙や鉛筆をもちながら座っている。会場の後ろにはテレビカメラらしきものまで並んでいる。
 会場の前を見て美優は一瞬、自分の目を疑った。会場最前列に置かれたまるで記者会見場のような長テーブルの後ろの壁の上には、美優にとって、とても信じられない文字の幕が張られていた。
『余命半年アイドル小林美優デビュー記者会見』
 言葉の出ない美優。
 記者の一人が後ろを振り返り美優の姿に気づいた。記者はすかさずフラッシュをたき美優に向けてシャッターを切った。この会見場に中高生くらいの女の子が他にくるわけがない、あれが小林美優だ、記者はすぐそう感じたのだ、それに、父に買ってもらった、新品のきれいな服を着ていたことも、あだとなった。
 他の記者も次々と美優に向けシャッターを切る。フラッシュにつつまれる美優。


 ここまでが第2回札幌漫画クラブ漫画大賞の作画指定範囲です
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 身動きひとつとれない美優。生まれてはじめて見せるようなおびえた表情で美優は斉藤の顔を見上げ助けを求めた。しかし、斉藤は顔色ひとつ変えない。そのうちテレビカメラも美優に照準を合わせ始めた。
「みんな待ってるんだから、早くしろよ!」
 きつい口調で斉藤はそう言い、美優の腕を強引にひっぱり、会見席まで美優をひっぱって行った。会見席上の中央に座らされる美優、向かって左には斉藤、右には、後から入ってきた社長が座った。美優はうつむいたまま、何もしゃべることができない。いくら気が強い子とはいえ、まだ十五歳の子がこの雰囲気の中で社長に抗議などできるわけがなかった。社長もそれを十分承知していた。
 記者会見がはじまり、美優と社長に次々と質問が浴びせられた。
「どうしてデビューしようと思ったんですか?」
「単なる売名行為なんじゃないですか?」
「病名は何ですか?」
「本当に病気なんですか?」
 ことがことだけに容赦ない質問が会見場に飛び交う。しかし、社長は慌てる様子もなくゆっくりとマイクを口のところにに持って行き話始めた。
「いま、一度に問いかけられた質問にひとつずつ返答していきたいと思います。まず、初めに、どうして、この子をデビューさせるかですが。簡単なことです。彼女の書く曲がすばらしいからです。彼女には人の心に響く曲をつくれる才能とそれを歌い上げることができる歌唱力がある。それが、デビューさせる理由です。次に彼女の病名についてですが、彼女にも私にもよくわかりません。なにかとても珍しい病気で難しい英語名がついているそうです。だからと言って彼女の病気がうそということはありません。致死率百パーセントということもあり病名はわかっても公表はしません。彼女と同じ病名の人が世の中にはいます。なにかのきっかけでその人達が自分の病名を知ったら困ります。みんながみんな彼女にように告知されているわけではありませんから」
 マイクを持ち、ゆっくりとした口調で堂々と話す社長の言葉を斉藤は冷めた表情で聞いていた。
 美優はまだうつむいたままだった。
「でも、こんなデビューの仕方、倫理的に問題があるんじゃないですか、あなたは、その子を使って、金儲けしたいだけなんじゃないですか、違いますか?」
 記者の一人が言った。
 社長は立ち上がり思い切り机をこぶしで叩いて言った。
「死が決まった人間は夢を追っちゃ駄目んですか!、歌手になって大きな舞台でコンサートするのがこの子の夢だったんです!、普通にデビューしてたら間に合わないんです」
 会場は社長のあまりの勢いに静まり返った。社長は続けた。
「私がこの子を金儲けの道具に使おうとしていると言われても仕方ありません、事実、そういことにはなってしまいますから。私のことは好きに言ってくれて構いません。でも、この子は違います、今日のこの会見だって知らなかったんです。さっきここに入ってきたこの子のおびえた表情、あなたたちも見たでしょ、あんな表情、演技で出来ますか?、この子、うちのオーディションに受かったのに、後で病気のことがわかり自ら身を引こうとしていたんです、みなさん、かわいそうだとは思いませんか、是非、この子の歌、聴いてあげてください」
 社長の目には、いつの間にか涙があふれ、いまにも泣きそうな顔になっていた。
 まったくこの人はうまいよな、斉藤はそう思った。
 金さえ儲かれば、自分の評判など気にしない、社長はそういう男だった。そうでなければ、こんな記者会見など思いつくはずもなかった。
 会見が終わった。
 会見中、美優が口を開くことはなかった。記者達は帰り支度を始め、次々と会場を後にするが、美優は座ったまま動くことが出来なかった。社長がやさしく話しかける。
「ごめんね、美優ちゃん、でも、こうでもしないと君が決意できないと思って、君が歌うことで迷惑する人なんて誰一人いないんだから」
「これ、テレビで流れるんですか?」
 弱々しく声を震わせながら美優が言った。
 歌手にはなりたいと思っていたが、こんな形で自分が世に出ることに対して、美優は何か口では言い表せない罪悪感を感じていた。
「こんなのテレビで放送するのやめてください……、何かずるくないですか、こんな形でデビューするの」
「十五分位の短い会見だったけど、今の生放送だったんだ」
 社長は言った。
 もう無駄だった。社長は用意周到な男だ。あらかじめ美優が逃げられないようにテレビの放送枠も買い取ってあったのだ。美優がテレビに顔をさらしてしまった以上、もうマスコミも放っておくわけがない、明日の各局のワイドショーも美優のことを報じるだろう、社長はすでにマスコミ各社に美優のプロフィールと曲を送っていた。すべて社長の計算どおりだったのだ。
 会場の片付けが始まり、美優も席を立とうとしたが、立ち上がることができなかった。
 意識はしっかりしているが、体が言うことをきかない、本当のショックを感じると体はこうなってしまうのか、美優は思った。
 社長と斉藤に両脇を抱えられながら美優はホールを出た。
「斉藤、美優ちゃんを家まで送ってあげてくれ」
「はい、わかりました」
 そんな会話が交わされて間もなく、美優は斉藤の車の助手席に座っていた。
 車が走りだしてから十分もすると美優は平静を取り戻した。
 斉藤は無言のまま車を運転している。
 何か話しかけようと美優が言葉を捜し始めようとしたとき、足元に小箱が見えた。中には、音楽のCDが入っている。
「これ、かけませんか?」
 美優は無造作に箱の中の一枚のCDを取り出し斉藤に見せた。
「ああ、好きにしろ」
 斉藤はそっけなく返事をした。
 曲がかかり始め、きっきまでの車の中の静けさから美優は逃れることが出来た。
 いつの間にか、美優は曲に聴きいっていた。
「いい曲ですね、歌詞もいいし、メロディーもきれい、声質も魅力的」
「そうか……」
「でも、わたし、この曲知らないな、音楽はかなりいろいろチェックしてるんですけど、これだけ良い曲ならきっと売れてますよね、わたしの生まれる前の曲なのかな?、それとも、これから売り出す人なんですか?」
「俺が歌ってんだよ」
 斉藤は言った。
「えーっ、斉藤さん、歌手だったんですか?、すごーい」
「ちょっとの間だけな、売れなくてすぐにクビになったんだけどな」
「この曲が売れなかったって……、どうしてですか?、こんな良い曲なのに……」
「才能あったって売れない奴はいっぱいいる。運とか、ルックスとか、どこの事務所に所属してるとか、いろいろあんだよ。クビになった俺を拾ってくれたのが、いまの社長なんだ、マネージャー兼新人発掘係としてだけどな、お前は才能があるから新人を選別する目もあるだろうって」
「……」
「お前はいいよな、才能はある、それは認める、こんな形でデビューしたら、売れるの間違いなしだな、同情も買うだろうからな」
「そんな言い方……」
 美優は少しムッとした。斉藤はかまわず続けた。
「事実だろ、才能あって売れない奴、余命を宣告されて夢を果たせない奴、どっちも世の中にはいっぱいいる、お前はたまたま両方だったから……、こんなデビューの仕方する奴、後にも先にもお前しかいないだろうな、良くも悪くもお前の名前は残るぞ、良かったじゃないか、この世に生きていた証を残せて」
 斉藤の人をバカにしたような言葉が自分への嫉妬心から出ていることは美優もわかっていたが、上手く言い返す言葉を見つけるには美優はまだ若すぎた。
「社長も頭がいいよな、あんな会見思いつくなんて、宣伝費タダみたいなもんだしな、今頃、会社には取材の申し込みがいっぱいきてるな、きっと」
「うちの事務所ボロかったろ?」
 斉藤が美優に話しかけた。
「そんなことは……」
「いいんだよ、本当のことなんだから、事務所の経営も火の車でな、お前のようなのが現れてくれて正直、俺も社長も助かったんだ、倒産しないですむしな、それどころかお前の稼ぎ次第じゃ五年は安泰だ」
「わたしは、お金もうけするために歌手になりたいんじゃないです」
 美優は斉藤に食ってかかった。
「ビジネスとして成立しなきゃ意味ないんだよ、歌が出せなきゃ、聞く奴もいないし、アマの曲なんて口コミで流行ったって。そう簡単には全国区にはならないんだよ」
 斉藤は美優に諭すように言った。そのとき、斉藤の心の中では、美優に対する嫉妬と美優を有名にしてやりたいという思いが交錯していた。斉藤はわかっていた、美優が自分をはるかに上回る才能を持ち、普通にデビューしていても大成功を収めるに違いないことを
美優はそれだけの凄い力を持っている。先に美優がデビューしていれば自分は大ファンになっていたに違いない、だからこその嫉妬だった。
「今日、家に帰ってゆっくり考えるんだな、残りの時間、自分の作った曲を世の中に届ける仕事をするのか、それとも、死ぬまで、好きなことをやらなかったことを後悔して、死の恐怖におびえて過ごすのか」
 十五の女の子に対して言うようなセリフではないと斉藤は心の中で思ったが、言わずにはいられなかった、しかし、斉藤の言葉は美優の心にはストレートに響いていた。
 私のことを親身に考えてくれいる人と私のことを大嫌いな人がこの人の中には二人いる、美優はそう感じていた。
 美優の自宅に着くと、家の前に止まった車の音に気づき優が出てきた。美優の家は郊外にあり、しかも他の家と離れているため、ここで車を止める者は、ほとんど美優の家に用があるものしかいなかった。
 美優が車から降りてくると優がすぐさま駆け寄ってきた。
「美優、テレビ見たぞ、どういうことなんだ、何で俺に黙ってたんだ?、それとも驚かそうと思って俺に話さなかったのか?」
 優は興奮した様子で美優を問い詰めた。いきなり自分の娘がテレビで記者会見をしているところを見てしまったのだ、驚いて興奮するのも当然のことだった。
「……」
 美優は、どう返答したらいいのかに困っていた。
「美優さんのお父さんですね、私、こういうものです」
 車から降りてきた斉藤が優に名刺を渡した。優は出された名刺を見ながら言った。
「ああ、美優がオーディション受けた事務所の方ですか……」
「今日の件や、これからのことも含め詳しくお話したいのですが、よろしいですか?」
「ああ、どうぞ、中にお入り下さい」
 そう言うと、優は斉藤を家に招き入れた。
 翌日のワイドーショーは、美優のことをこぞって報道した。各局のコメンテーターは皆、美優を使って金儲けしようとしている社長を痛烈に批判していた。しかし、美優への批判はほとんど聞かれなかった。まだ、十五の少女のということもあり、各局も配慮していた。

    デビュー

 ラジオ局の壁と大きな窓に仕切られた小さなブースの中で美優は机の上に置かれたマイクに向かって喋っていた。美優の向かい側には、彼女をサポートするためにアシスタントとして三十台半ばの男が座っている。
 優は美優の芸能界入りを承諾したのだ。優にしても、夢をつかみかけ、それを失った美優が、どのようになってしまうのか不安だったのだ。
「わたし、涼さんのファンだったんですよ、いつも涼さんのラジオ聴いてました」
 美優は机の向かいに座ってる男に話かけた。
「えっ、本当?、でも過去形かよ」
「あっ、今もファンですよ」
「じゃあ、俺がメインでやっているラジオも聴いてよ」
「今週からまた聴くようにします」
「美優ちゃん、本当に俺のファンなのかよ、怪しいな」
「ホントにファンですってば」
 DJ涼の軽妙でノリの良いトークに助けられ、美優の最初の不安も吹き飛び、彼女は安心して初パーソナリティを努めあげることが出来た。
 優もドキドキしながらその放送を聴いていた。
 放送が終わる頃、時計の針は深夜一時を指していた。
 美優はまだ十五で本来なら九時までしか働けなかったが、美優の、放送は深夜にやりたいという希望もあり、美優自身、個人事業申請を出していた。それなら、労働時間の制限もなかった。
 放送が終わるとブースの中に他のスタッフも入ってきた。
「最初の放送にしてはなかなか良かったんじゃない」
 年の頃は二十代後半に見えるメガネをかけ、長い髪を後ろで結んだ女性、慶子が美優に言った。
「これから四人で食べに行かない?、すぐそこに三時までやってるラーメン屋があるんだよ」
 見るからに学生アルバイト風の若い男が美優を見て言った。
「バカ、こんな時間にそんなもん食べたら太るでしょ」
 慶子が言った。
「慶子さんもそんなこと気にするんだ、そんなに痩せてるのに、美味いんだけどな、そこのラーメン」
「美味いのはわかるけど、毎日毎日、夜中にラーメンばかり食べてちゃ、あんたみたいにおなかが膨らんでくるでしょ、徹君もそろそろダイエットしたほうがいいんじゃない、最近下腹出てきたみたいだよ」
「俺、あんまりそういうの気にならないから」
「だから、あんたは彼女ができないんだって」
 徹は笑っていた。
「あっ、そうそう、美優ちゃんって彼氏いるの?、いないなら、俺なんかどう?」
 半分、冗談めかしているように徹が言うと、すかさず慶子が口を挟んだ。
「バカ言ってんじゃないわよ、今日会ったたばかりでしょ。でも、美優ちゃん、彼氏とかいるの?」
「相手に迷惑がかかりますから……」
 美優は言った。
「俺は迷惑じゃないよ」
 一瞬、場の空気が沈むのを避けるように徹が美優に言った。美優は徹に笑顔を返して、何も答えなかった。
 初放送が無事終了したということもあり、ラジオ局の中にある小さな一室で美優の歓迎会がささやかながら開かれることになった。歓迎会といってもジュースと少しのお茶菓子がテーブルの上に置いてあるくらいのものだった。椅子にそれぞれ腰掛ける四人。
「美優ちゃん、ネットでいろいろ悪口とかもいっぱい書かれてるけど気にしちゃ駄目だよ、俺は味方だからね」
 涼はやさしい口調で語りかけるように言った。
「涼さん、俺たちだって味方ですよ、ねえ?、慶子さん」
「悪口って……」
 美優は、その言葉に困惑した表情を見せた、知らなかったのだ、ネット上で自分の悪口がたくさん書き込まれていることを。しかし、デビューの仕方からして、ネットに美優の罵詈雑言が書き込まれるのは必然のことだった。匿名性の高いメディアだけに美優に向けられる言葉も容赦ないものが多かった。
 三人は、しまったと思った。まさか今時のこの位の年頃の子がインターネットを見ていないとは思わなかったのだ。
「ネットは見ないほうがいいわよ、腹立つだけだから」
「うち、パソコンあってもネットにつないでないですから、大丈夫ですよ、見たくてもみれないですから」
 さっきの困惑の表情はいつの間にか消え、笑いながら、美優は慶子に答えた。
 この子は、強い子だな、そこにいた誰もがそう思った。ただ、人に気を使いすぎるあまり、この子は、これから大変だろうなあとも三人は感じていた。
「そういえば、美優ちゃんって、高級そうな腕時計してるわね、誰かからのプレゼント?」
 慶子はが美優に質問した。
「あっ、これですか、これ形見です」
「誰の?」
「私の」
 美優はまた、笑顔で答えた。三人は顔を見合わせたが、それ以上は聞かなかった。
 美優がタクシーに乗り家に着いたときは、深夜三時を回っていた。

 CDの発売日も決まり、曲の宣伝のため、美優は初めてテレビで歌うことになった。美優がテレビ局の楽屋に入ると他に収録を待つアイドルが何人か詰めていた。全員、美優と同じか、ちょっと上くらいの年頃に見えた。彼女達は一斉に美優に視線を向けた。
 あの記者会見からまだ二週間位しか経っていなかったが、美優はもうすっかり有名人になっていた。ファンもそれなりにつき売れっ子の仲間入りもしようとしていた。
「あんた、ホントに病気なの?」
 美優が挨拶するまもなく中の一人が言った。
「自分でも病名わかんないなんて変じゃん」
「やめなさいよ、いじめて自殺でもしたらどうするの」
 もう一人の子が言った。
「どうせ、死ぬんでしょ、同じじゃん、私は病気なんて信じてないけどね、だって、持って半年って言ってるのに、どこからどう見たって、元気じゃん、この子。深夜のラジオでもすごく元気に喋ってたし、売名行為なんじゃないの、半年経ったら、病気は何とか治りましたっていうつもりなんじゃないの」
 美優にとっては予想外の手荒い歓迎だった。ネットで言われてる悪口ってこういうことだったのかと美優は思った。しかし、美優は、楽屋の中にいる子達と仲良くするのをあきらめようとは思わなかった。むしろ、同じ業界でこれから何度も会うわけだから、誤解を解いて仲良くしたいと思っていた。
 収録が始まり、次々とアイドルの子達が楽屋を後にし、美優ともう一人のアイドルの子の二人だけが楽屋に残った。
 大人しそうで、人見知りしそうなその子は、美優が楽屋に入ってきてから一言も口を開かなかったが、まわりにあまり人がいなくなり緊張がとけたのか、美優に話しかけてきた。
「ねぇ、わたしは信じるからね、あなたの病気のこと」
「ありがとう」
 変な会話だな、美優は思った。そう思うと笑いがこみ上げてきた。つられてその子も笑い出した。
「なんか変だよね、病気信じてくれてありがとうなんて」
「そうだね」
 その子は笑いながら答えた。
「ねぇ、あなた、名前なんて言うの、私は、小林美優、十五歳」
「知ってる、もう有名だもんね、私の名前は、森川愛、十五歳、同い年だよ、それとあなたのファン、歌詞も歌声もステキ、ラジオで流れてた曲を聴いてすぐに好きになっちゃった。あなたの曲、毎日聴いてるよ」
「ファンだなんて照れるな」
 美優ははにかんだ様子で答えた。
「ねぇ、美優ちゃん、私と友達になってくれない?、私、あんまり友達いないんだ、この世界入ったばっかりだし、……ダメかな?……」
「いいよ、喜んで、私もこの世界にまだ友達いないし、欲しいと思ってたんだ、友達。仲良くしようね!」
「うん」
 美優は愛に手を差し出し、二人は握手を交わした。
「よろしくね、愛ちゃん」
「よろしく、美優ちゃん」
 二人が楽屋でしばらく話しているとドアをノックする音が聞こえ、愛のマネージャーの男が入ってきた。
「愛ちゃん、収録始まるよ」
「はい」
 男は美優の方をチラッと見た。
「ねぇねぇ、藤木さん、わたし、美優ちゃんと友達になったの、すごいでしょ、ファンが本人と友達になるなんて、めったにないよね」
 愛は、マネージャーの藤木にすりより、少し甘えた声で言った。
 男は、美優に軽く会釈しながら言った。
「うちの愛と仲良くしてあげてね、年も同じだし、きっと話も合うと思うし、よろしくね」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
 美優は、元気に返事をした。
 美優が楽屋に一人きりになって、少しの時間が経つか経たないうちだった。藤木が楽屋に戻ってきた。
「あのー、悪いんだけどさ、うちの愛にあまり話しかけないでもらえるかな」
 さっきとは全然違う藤木の態度に美優は戸惑いを隠せなかった。
「うちの愛は、見てのとおり繊細なんだよ、君に仲良くされるとこれからの活動に影響が出るんだよね、デビューしたばかりで大事な時期だし、君もわかるよね」
 美優は、即座に藤木の言葉の意味を理解した。だが、藤木は続けた。
「仲良くなって、友達になって、その友達が病に侵され弱っていく、あの子がそんな様子を横で見ていたら、どうなるかわかるよね、だから、本当に悪いんだけど、あの子のことを思うなら、もう近づかないでくれるかな、愛は君となら気の合う友達になれるかもしれないと思ったんだろうけど、あの子は先のことまでは考えてないんだ、きっと、まだ若いしね」
「わかりました、私も悪かったです、すいませんでした、何も考えないで。でも、安心して下さい、もう誰とも友達になりません。……誰とも……」
 美優は唇をかみしめた。くやしかった。でも、我慢した。
「それじゃあ、悪いけどごめんね」
 藤木はそういうと楽屋のドアを開け、外に出た。ドアの外では、斉藤が壁によりかかっていた。藤木は斉藤に今の話を聞かれてたと思ったが、それを気にする様子もなく収録現場へと向かっていった。
 美優は、机の前でうなだれた。いくら普段は強気の美優でもやはりショックだった。まるで、これから死ぬ人間は友達をつくっちゃいけないといわれたようで。そう思うと、藤木の言葉に対し、悔しさがこみ上げてきた。私のような人間は友達をつくっちゃいけないのか、と。
「お前も大変だな」
 斉藤が楽屋に入ってきた。
 美優はうつむいていた顔を上げ、斉藤を見た。
「聞いてたんですか……」
「ああ、途中からだけどな、しょうがないよな、藤木のいうことにも一理あるもんな、お前、あんなこと言われてつらいか?、くやしいか?、お前は何にも悪くないのにな、でも、お前にはどうすることもできないよな、非力でみじめだよな、お前って……」
 ああ、私を嫌いな斉藤さんが現れた。美優はそう思った。
「くやしかったら、その思いも全部、曲づくりにぶつけろ、そして、いい曲作って見返してやれ、お前にはその才能がある。何十、いや、何百万人が共感するような曲、そして、何十年も何百年も歌い継がれるような曲、お前なら作れる。そういう曲が……、少なくとも俺は信じてる。だから、さっきのことは気にするな、葛藤だって、創作には必要だ」
「……ありがとう、斉藤さん……」
「さて、当面の問題だけど、どうする?、これから収録に行って、お前、森川愛に話しかけられて無視できるか?、できないよな、お前の性格じゃ。それにお前にあんなこといわれたままなのもしゃくだしな、お前だってうちの大切なタレントなんだ、しかも、俺が担当してる」
「大丈夫です、愛ちゃんには当たり障りなく合わせるようにしますから」
「そうだ、両方いっぺんに解決できるいい方法がある、俺、もう今日は戻ってこないかもしれないけど、大丈夫だよな、一人でも」
 斉藤に何か名案が浮かんだようだったが、美優に説明することもなく、彼は、楽屋を出て行った。
 斉藤が出て行ってしばらくしてからのことだった。最初、美優に悪口を言った子が楽屋に帰ってきた。彼女は入ってくるなり、美優に言った。
「あんたのとこのマネージャー、頭おかしいんじゃないの、いきなり藤木さんに殴りかかったのよ、愛ちゃんがあなたと友達になりたいって話しかけたからって理由で、何それ?、全然殴る理由になってないじゃん、かわいそうに愛ちゃん、自分のせいで藤木さんが殴られたって、責任感じて泣いてたよ。あんたと友達になるとみんな殴られるわけ?、バカじゃない、あんたのとこの事務所おかしいよ、だいたい、あんたみたいのデビューさせるなんて変じゃん」
「……ごめんなさい……」
「藤木さんはたいした怪我じゃなかったけど、あんたのマネージャー、警察に連れてかれたよ、ざまみろだよね、あんなわけわかんない男」
 斉藤さん、ごめん……、美優は心の中でそうつぶやいた。
 それ以来、愛が美優に目を合わせることもなかったし、他の美優と同い年くらいのタレントが美優に話しかけることもなかった。相部屋の楽屋では美優はいつも一人ぼっちになった。

 深夜、美優が自分の部屋で机に向かって曲作りをしていると、ノックをして優が入ってきた。
「あんまり、無理するなよ」
 優は美優の肩に手をかけて言った。
「うん、ありがとう、でも、あまり時間がないから」
「……」
「ねぇ、これ見てよ、すごいでしょ」
 美優は、優に厚さ三センチはある紙の束を渡した。
「これ、ラジオ局に送られてきたファンレター、みんなのメッセージ熱くてさ、これ見てたら頑張らなきゃって」
 優がファンレターに目を通そうとすると、美優は優からそれを奪いその中の一枚を取り出し優に見せた。
「これなんか、美優さんの曲を聴いて生きる希望がわいてきましただって、うれしいよね、私なんかの曲でそう思ってくれるなんて、こんなの見せられたら、疲れも吹き飛ぶよ、私がいなくなっても、この人達の心の中には、残るのかな……、……私の曲」
「……ああ、残るさ」
「この人達が年をとっても、ああ、若い頃、心の支えになった曲があったなって少しでも覚えていてくれたらいいな」
 美優は遠くを見つめた。
「……そうなれば、いいよね……」
「そうだな」
「でも、変だよね、これから死ぬ人がこんな曲つくってるなんて」
「変じゃない!、お前だって希望がないわけじゃないんだ!、病気が百パーセント治らないって決まったわけじゃない、少しでも長く生き延びれば、治療法だって見つかるかもしれない、だから、俺はお前に無理をして欲しくないんだ」
 優は、美優の両肩に手をかけ美優の目を見て言った。美優は目をそらした。
「……、私ってさ、何のために生まれてきたんだろ……」
「……」
「そういえば、お父さん、前に言ってたよね、俺は死ぬときに笑っていい人生だったって振り返れるような人生を送りたいって」
 笑えるわけないだろ、いい人生だったなんて言えるわけないじゃないか、お前を失うのに、優は心の中でそう叫んだ。
「……、私はみんなからいい歌手だったて言われる人生を送りたいな、私が消えてもみんなの心の中に残って、つらい時や悲しいときに温かく励ましてあげられる。そんな歌手になりたいな」
「なれるさ、お前なら」
 そう言うと、優は美優の部屋を後にした。

 次の日の朝、斉藤が美優を車で向かえに来た。優も挨拶に出た。斉藤は車から降りると優に軽く優に会釈をした。
「斉藤さん、大丈夫だったんですか」
「あー、何ともない、すぐに返してもらえたよ、藤木とは知らない仲でもないしな、許してくれたよ」
「良かったあ」
 優は、何の話かわからないという様子で二人の話を聞いていた。
「あっ、そうだ、今日は渡すものがあるんだ」
 そう言うと、斉藤は車に戻り何かを手に抱えて持ってきた。美優のデビューCDだ。
 ジャケットには美優の笑顔が大きくプリントされている。顔の下には曲名が書かれている。曲名は、『輝きを求めて』
「うぁー、すっごーい、夢みたい」
 美優は、斉藤から手渡されたCDを見て、まるで小さな子供のように喜んだ。
「ねぇ、お父さん、これ見てよ、私がこの世に生きてたって証だよね、このCD」 
 美優は、そういって、CDを父に見せると、それからそのCDを抱きしめた。そして、それを父に差し出した。
「お父さん、これ、プレゼント。まだ発売してないから、お父さんが最初のお客さんだよ」
「ファンとしては、これ以上嬉しいことはないよな」
 父はおどけた。
 仕事場に向かう車の中で美優は斉藤に昨日のことを話しかけた。
「なにも殴らなくたってよかったじゃないですか、暴力は良くないですよ」
「いいんだよ、お前のマネージャーやってると大変でな」
「暴力とどういう関係があるんですか!」
「藤木殴ってスッキリさせてもらったよ、俺もいろいろと言われてるんだよ、悪口。いろいろな奴からさ。ストレスたまってんだよ、お前のせいで。たまたま、あんな話聞いた後に藤木の顔が目の前にあったもんだから、つい殴っちまった」
「ついって……」
「お前は、余計なこと考えないで、いい曲をつくることに専念してればいいんだ、そして、お前のこと悪く言う奴、見返してやろうぜ、それしかないだろ、俺達には」
「それは、そうだけど……、でも、やめてくださいね、暴力は」
「わかってるよ」
「今度、誰か殴ったら、私が斉藤さん殴りますからね」
「その時は、手加減しろよな」
「だから、ダメだって」
 斉藤は笑った。美優もつられて笑った。美優は斉藤と仲良くなれた気がして嬉しかった。
「あっ、そうそう、お前のCDの予約すごいぞ。五百万枚は行くって営業の奴が言ってた。
このCDの売れない時代に快挙だってよ、若い世代だけでなく、中高年や老人層まで予約してるって、やっぱりあの会見、インパクトあったもんな。社長も大もうけできて、最近ニコニコしてるよ」
「そうですか……」
「なんだ、うれしくないのかよ」
「うれしいですけど……、私の曲って話題性だけなのかなって……」
「そんなことないさ、二枚目のCD出したって売れるさ、必ず、俺が保障する」
 美優は、斉藤のその言葉が少しうれしかった。

 美優は、毎週土曜夜のラジオの放送を楽しみにするようになっていた。まわりはみんな年上で、美優を入れても四人しかいない小さな現場だったが、アットホームな雰囲気が美優は気にいっていた。毎週打ち合わせ時間よりも早く行き、いろいろな話をするのが美優は楽しかった。誰も早く来る美優を嫌がったりはしなかった。仕事をしながらでも会話くらいの相手はしてくれた。
 ラジオの収録が始まる。そして、美優の元気な声が電波に乗る。
「えーと、まず、普通のお便りですが、CD買いました。とても良かったです。美優さんも病気に負けず頑張ってください。うん、ありがとうね、そう言ってもらえるとうれしいです。これからも応援してくださいね」
 次々とメールやハガキを読み、時折、涼との笑い話もはさみながらコメントを返していく美優、パーソナリティに慣れてきた美優のトークを父の優も毎週楽しみにするようになっていた。
「次は、お悩み相談のコーナーです。えっと、私は、高校をやめようか悩んでます、勉強してても意味あるように思えないし、学校やめて、その時間を自分の夢にむけて打ち込みたいと思ってます。美優さんはどう思いますか?、美優さんも高校やめて、芸能活動だけに打ち込んでるんですよね。って言うメールなんだけど、高校は出といた方がいいよ、大人の人達も高校くらい出ておかないと将来、困るってみんないってるし、素直に聞いておいたほうがいいんじゃない、私たちより人生経験ある人達が言ってんだから、高校出てからでも遅くないでしょ、自分の夢を目指すのは。私の場合、将来、高校出てないからって困るってことないし…………、あっ、それに行ってても卒業できないしね、ほら、私、頭悪いからさ、毎年留年だよ、きっと、ははは」
 その美優の言葉を優は複雑な思いで聞いていた。

     感情

 久しぶりに美優は、父に連れられ山田の病院を訪れた。病状の進行具合をチェックするためだ。治す方法が見つかっていないのだから、病院を訪れても他にすることがない。二人にとってそれは、少なくなっていく余命を宣告されるという以外にたいした意味はなかった。
「悪くなってる」
 山田は率直に言った。
「だるいよね、体?、あまり無理しない方がいいよ、深夜のラジオやってるっていったけど、やめたほうがいいよ、命縮めるだけだよ」
「でも、私、ラジオの仕事好きなんで、スタッフの人達といると楽しいし」
「そう……」
 山田は、それ以上なにも言わなかった。
 診察室を出ると美優が優に言った。
「私、洋子ちゃんのところに寄っていくからお父さんは先に帰ってて」
「洋子ちゃんって?、ああ、この間、お前が言ってた、ここに入院してる友達か」
「うん、最近、忙しくて会ってなかったから、久しぶりに会いたいなって」
「そうか、たっぷり遊んで来い、じゃあな」
 そう言うと、二人は病院の廊下で別れた。
 デビューしてから洋子に会うのは初めてだった。
 四人部屋のやや広い病室、その病室には洋子の他に二人の入院患者がいた。中年くらいの女性と高齢の女性だった。その二人も洋子と同じく死を宣告されていた。洋子は長い髪を後ろに束ねベッドの上で本を読んでいた。
 美優が入ってくると三人は、一斉に美優に目を向けた。
「あら、美優ちゃん、久しぶり、元気だったかい」
 高齢の女性が美優に話しかけた。
 洋子は黙って美優を見ている。
「この前のワイドショー見てたらさ、美優ちゃんのことやってるから、おばさんびっくりしちゃたよ、たいしたもんだよね、テレビに出るなんて、美優ちゃんが出る歌番組見てるんだよ、みんなで」
 中年の女性が言った。
「ありがとう、おばさん」
「美優ちゃんに歌の才能があったなんてね、おばさん全然知らなかったよ、今度ここで一曲歌ってよ、カラオケ持ってきてさ」
「ははは、知ってる人の前で歌うのはなんか恥ずかしいな」
「そんなこと言わないでさ、生で聴きたいな、美優ちゃんの歌」
「あなたはいいわね」
 洋子が言った。
 美優は後ろを振り返り、洋子の方を見たが、洋子は目をそらし、美優と目を合わせようとはしなかった。そして、続けた。
「好きなことやって、みんなからチヤホヤされて、それに比べて私は……、……いや、私だけじゃない、私のような境遇であなたのことを嫌ってる人はいっぱいいるわ、きっと、嫉妬なのはわかってる、でも……」
「洋子ちゃん……」
「あなたの活躍を見ているとつらくなる、だから、もう」
「……」
「……来ないで」
 美優は、病院を後にした。それから、三時間位、近くの図書館で時間をつぶし、家に帰った。図書館では、ずっと、ぼーっとしていた。
 あんなに仲良くしていたのに……、美優は複雑な気持ちだった。
 家に帰ると父が夕食をつくっていた。
「美優、遅かったな、洋子ちゃんと話してきて楽しかったか、向こうも驚いてただろ、いきなり、お前が芸能人になって」
「うん、病室の他の人達も驚いてた、つい、話しこんじゃて、遅くなっちゃた、はは」
 こういうとき、美優は、いつも笑顔だ、そういう子だ。
「私、晩御飯いらない、病室のおばさんから、いっぱいご馳走してもらって、お腹いっぱだから」
 何も食べる気はしなかった。
「えーっ、せっかく作ったのに」
「ごめんね、お父さん」
 そう言うと、美優は自分の部屋に向かった。椅子に座り、机に向かって曲作りをしようとしたが、洋子の言葉が頭から離れず、その日は何も出来なかった。

 また、土曜日がやってきた、美優は喜んでラジオ局に出かけた。土曜日は斉藤もいなかった。事務所が小さいこともあり斉藤は美優の他にも何人かのタレントを担当していた。美優が一番しっかりしているため、一人で現場に行かされることも多かった。
 いつものように早くスタジオにつくと、美優は、その部屋の後ろに座った。徹や慶子がいつも仕事をしている機材のたくさんある部屋だ。大きな窓越しに、美優と涼がいつも座ってるマイクスタンドが置かれた机が見え、涼がゲストを向かえて喋っている。徹と慶子は機材の前に座り仕事をしている。毎週、この収録が終わると美優の生放送までの三時間が打ち合わせも含めて四人の時間になる。美優の一番好きな時間だ。
 収録が終わり、涼が戻ってくる。
 四人がそろうと、慶子が大きなバックを部屋の隅から持ってきた。
「慶子さん、俺、さっきからそのバック気になってたんすけど、何ですか、家出でもするんですか」
「バカ、私は一人暮らしよ、ねぇ、みんな休憩室行かない」
 三人は慶子に言われるまま休憩室に向かった。
 休憩室に着くと、慶子はバックの中から少し大きめの箱を取り出し、次々と机の上にならべた。
「これ、私がつくってきた料理、みんな食べてね」
「えっ、いいんですか、慶子さんが料理作ってもってくるなんて初めてですよね、どうしたんですか急に、将来のことを考えて料理の勉強でも始めたんですか、花嫁修業とか」
「私はもともと料理は上手いの、あんたがラーメン、ラーメンってうるさいから土曜日はこれから料理つくって持ってくることにしたの、美優ちゃん太らせたらかわいそうでしょ、涼さんの口にも合えばいいんだけど」
「俺は美優ちゃんの手料理のほうが良かったかな、かわいいし」
 涼はふざけて言った。
「美優ちゃんってさ、料理作れるの」
 徹が言った。
「いちおう、一通りは」
「一通りって?」
 慶子が聞いた。
「和食の他に、中華とイタリア料理、あとフランス料理と、あっ、それからスペインとタイのもちょっとくらいなら」
「うわー、美優ちゃん何者だよ、その年齢で、普通そんなにつくれないぞ、いったい、どんな育てられ方したんだよ、諸国を放浪してたとか言わないよな」
「バカ、そんなわけないでしょ、徹君、驚きすぎ、美優ちゃんは料理、趣味なの?」
「うち、お母さんいないんで、小さい頃からお父さんが、遊んでやるってままごとつきあってくれて、そのときいろいろ二人で本見ながらいろんな料理作ってたんです」
「それ、ままごとのレベルじゃないよ」
「お父さんも、美優ちゃんが、いろいろ料理つくれた方が将来いいと思ったんじゃない」
 涼が言った。
「うちのお父さんは、食い意地はってるだけですよ、おいしいもの大好きだし、それより早く食べませんか、慶子さんの手料理」
 美優がそう言うと、みんな慶子の料理を食べ始めた。
「これ、上手いですよ、慶子さんにもこんな特技あったんですね」
 徹が、おにぎりを口にほおばりながら言った。
「徹君、口に物いれたまましゃべらないの」
「あっ、すいません、お母さんに怒られちゃった」
 徹は、美優と涼に笑ってみせた。
「私は、まだ二十九よ」
 慶子はそう言って徹の頭をこずいた。
「慶子ちゃん、この料理おいしいよ」
「あっ、口に合いました、良かった」
「ホント、おいしいです、慶子さんの料理」
「美優ちゃんもありがとうね、おいしいって言ってくれて」
「いや、そんな、本当においしいです、それに、この料理、カロリーや栄養も考えてますよね」
「へへっ、わかる、これから毎週作ってきてあげるからね」
 慶子は得意げな顔をした。
「はい、お願いします」
 美優は元気に返事をした。
 それから、四人は食事をしながらしばらくの間、談笑した。
 食事も終わりかけたころだった。美優が口を開いた。
「あのー、今度から私に来た批判や中傷のメールやハガキも番組で読ませてもらえませんか」
 三人は、美優のその言葉に少し驚いた。
「なんでまた」
 涼は、美優を見た。
「今週、ちょっと嫌なことがあって……」
 美優は下を向いた。
「それと、批判のメールを読むことにどんな関係があるの」
 涼は、怪訝そうな顔して言った。
「あのー、私、思ったんです。つらいことも悲しいことも全部受け入れたいって。この体でいろんなこと感じられるのもあとわずかですし、せっかく生まれてきたんだから、楽しいことやうれしいことばかりでなく、苦しいことも感じたいなって、もう少しでどうせ何も感じることが出来なくなるんですから……、そう思うと、何かを感じられるこの体がとてもいとおしく思えて。お別れする前にいろんな感情を感じたい、この体で……、そう思ったんです」
 三人は、美優のその言葉を聞いてしばらく黙っていたが、慶子が最初に口を開いた。
「ショックで立ち直れなくなるかもしれないわよ」
「かまいません。そうなったら、私は、それまでの人間だったっていうことです」
 美優は、淡々と答えた。
「ねぇ、涼さんはどう思う」
「生放送なんだ、メール読んでショックで沈黙されたら放送事故になるだろ。美優ちゃんの気持ちもわからないわけじゃないけど、きっと、自分が批判されるということは思っている以上にショックだと思う。美優ちゃん、まだ十五だし、批判や中傷の内容も他のタレントのとはちょっと違うし、俺は賛成できないな」
「そうだよ、美優ちゃん、何もわざわざ進んで嫌な思いすることないよ、楽しいことやうれしいことだけ受け入れてる方がいいよ」
「そうかもしれないですけど……、でも、なんで人って、悲しい思いやつらい思いするように出来てるんでしょうね、楽しい思いしかしないように出来ていれば幸せかもしれないのに……」
「必要だからじゃないか、それも……、考えとくよ」
 涼が言った。
 そんなこと言われてもな、出来るわけないよな、涼は心の中でそう思った。
 次の週も、その次の週も涼が美優に批判のメールを読ませることはなかった。

    コンサート

 美優の病状も進行し家で寝ていることが多くなった。仕事も体力のことを考え毎週土曜深夜のラジオだけするようになっていた。
 七月二十九日、美優は十六歳の誕生日を迎えた。優もケーキをつくり、美優の誕生日を祝った。二人で迎える最後の美優の誕生日だった。
「お父さん、私、一度でいいから、コンサートってしてみたいな、大きな舞台の上でさ、思いっきり大きな声で歌ってさ、お客さんも拍手して……、やりたいな、コンサート」
 ケーキを食べながら美優が言った。
「そうだな、俺も客席で見たいな、お前が歌うところ。いつでもコンサートできるように体力だはつけとかないとな、だから、お前も無理はするなよ」
「うん、わかってる」
 美優は、素直にうなづいた。
「そうだ、お父さん、明日、病院に連れてってくれない、洋子ちゃんにしばらくあってないから、顔見たいんだ」
「ああ、いいけど」
 洋子の方が余命は長い、弱ってやつれテレビの歌番組にもほとんど出なくなった自分を見たら、洋子はまた仲良くしてくれるかもしれない、美優は、そう考えた。仲直りしたかった。

「社長!、これ、どういうことですか!」
 狭い事務所に斉藤に声が響く。
「美優のコンサート、なんで十月にしたんですか、八月の末や九月の頭だっていくらでも会場開いてたじゃないですか!、十月なんて……」
「賭けだよ」
 社長は答えた。
「斉藤、お前のいいたいことはわかる、小林美優は十月まで生きていなかもしれない、コンサートは開けないかもしれない。でも、コンサートが出来ないのならそれでもいい。彼女には、もう十分稼いでもらった」
「言ってる意味がわかりません、コンサートは彼女の夢なんです、生きてるうちにやらせてあげましょうよ、社長」
「余命ギリギリ、ふらふらになりながらも歌う姿はきっと感動を呼ぶだろうな、テレビの中継も入る、小林美優のコンサートDVDはバカ売れするだろうな。うちが独占販売だ。大もうけできるかどうか最後の賭けだ、まったく、いい子捕まえたよ、俺は」
「社長、美優は、もう歩くのだってきついんですよ、あの子の性格だから表には出さないですけど、俺にはわかります。もし、十月まで生きていられてもコンサート中に死ぬことだってあるかもしれないんですよ」
「好都合だな」
「社長……」
「むしろ、コンサート中に死んでくれた方がいい。そうすれば、彼女は伝説になる」
「社長、あんた正気じゃない……」
 斉藤は、唖然とした顔で社長を見つめた。
「彼女は人一倍、みんなの記憶に残りたいという思いが強い、本望じゃないか。彼女だって、伝説として音楽業界に名が残るんだ。命をかけて歌ったアーティストとしてな。そうなれば、彼女のDVDは、十年、いや、二十年は売れ続けるだろう、俺も安泰だ」
「社長、あんた鬼だ」
「人聞きの悪いことを言うもんじゃない、斉藤、もし、お前の言うとおり早めにコンサートをしたとして、その後、小林はどうなる?、最大の夢だったコンサートが終わった後、目標を失った後、彼女は何を考えると思う?、言わなくてもわかるだろう、夢を設定してあげておいた方が親切だとは思わないか、たとえ叶わないかも知れないとしてもな」
「それは……」
 斉藤は、それ以上何も言えなかった。
 美優が有名になり人々に語り継がれいくことは、俺も望んでいることじゃないのか、事務所から現場に向かう車の中で、斉藤は、そんなことを考えていた。

 次の日の朝、美優は、優の車で山田の病院に向かっていた。病院につき車を駐車場に止めると優も一緒に降りてきた。
「俺もお前の友達に会いに言っていいか」
「えっ、うん、……いいけど」
 美優は、前に洋子と別れたときのこともあり、優に付いてきて欲しくはなかったが、断るいい理由も見つけられなかった。
 二人は病院に入り、まっすぐ洋子のいる病室を目指した。廊下を歩いているとき、美優は、最初、洋子に何て話しかけようかと内心ドキドキしていた。
 病室の前につくと美優はノックをした。そして、思い切ってドアを開けた。
「こんにちは」
「あっ、美優ちゃん、こんにちは、どうしてた、三ヶ月ぶりだね」
 中年の女性が言った。
 優が後ろから入ってきて、頭を下げた。
「美優の父です、いつも娘がお世話になってます」
 優が挨拶すると中年の女性と年老いた女性が頭を下げた。
 美優が、洋子のベッドの方に目をやると、ベッドは空になっていた。ふとんも下に敷いているはずのマットもなくネームプレートも無記名になっていた。
「おばさん、洋子ちゃんは?、退院して在宅に切りかえたんですか?」
「あっ、それなんだけど……」
 中年の女性は、言いにくそうに話した。
「容態が急変してさ……、亡くなったんだよ、先月」
 ショックだった。もう仲直りすることも出来ない。
 病室内に沈黙の空気が流れた。
「帰ろう」
 優は、美優の肩に手をかけ、二人の女性に軽く会釈をした。そして二人は病室を後にした。
 自分より長く生きると思っていた洋子があっさり死んでしまったことが美優には更にショックだった。自分にだっていつ何が起きるかわからない、そう思うと、今まで考えないようにしてきた死への恐怖が美優の心の中にこみ上げてきた。
 美優の恐怖心を優は感じ取った。
 家に着き玄関の中に入ると優は美優に言った。
「お前、無理すんなよ、お前の父親何年やってると思ってるんだ。泣きたいときには、泣いたっていいんだぞ、そのために俺がいるんだ。迷惑かけたっていいんだ、親なんだから」
 その言葉を聞いて、美優は今まで抑えていた感情が抑えきれなくなり、大声で泣き出し優にしがみついた。
「……助けて、……お父さん、わたし、死にたくないよ……」
 美優は、優にしがみついたままひざから崩れ落ちた。
 初めてだった。美優が優にこんな弱いところを見せるのは。
 優は、美優を強く抱きしめた。
 
 次の日の土曜の夜、美優はラジオ局に向かう車の中にいた。運転しているのは斉藤だ。美優の容態のこともあり、毎週土曜日は斉藤が送り迎えするようになっていた。
「美優、お前,最近体の調子どうなんだ」
「大丈夫です、元気ですから」
「じゃあ、またラジオ以外の仕事も入れるか?」
「それは……、ちょっと……」
「何で?、嫌なのか?」
「あまり他の現場行きたくないっていうか……、その……」
「どうして?、みんなやさしくしてくれるだろ」
「やさしくしてくれますよ、みんな、……必要以上に」
「必要以上って?」
「なんか、はれものにでもさわるみたいに……」
 美優は、うつむいて言った。
「そうか……」
「でも、涼さん達は、普通に接してくれるから」
「いいスタッフに恵まれたな、美優」
「はい、みんな私の最高の仲間です」
「そうだ、お前にいい知らせがあるんだ」
 斉藤が言った。
「えっ、何ですか?」
「コンサート決まったぞ、お前の」
「えっ,本当ですか?、ホントに私、コンサート出来るんですか?」
「ああ、もう会場も抑えた」
「やったあー、いつですか?、コンサートの日程」
 美優は、大喜びした。
「……十月だ」
「えっ、十月……」
 美優の顔が一気に曇った。
「十月って……、……わたし……、生きてないかも……」
「バカ、お前は十月まで死ねない体になったんだよ、だから……」
 斉藤は言葉に詰まった。
「斉藤さん、私のコンサート見に来てくださいね!」
 美優が元気に言った。
「当然だろ、頑張れよ、美優」
「はい!」
 ラジオ局につくと、斉藤はまた迎えにくると言って美優と別れた。

    責任

 ラジオの生放送が始まり、美優がメールやハガキを読むコーナーの直前になると、涼は美優にハガキを手渡した。
「これ、今日読むハガキ」
 美優は、涼から五枚ほどのハガキを受け取り、次々と調子良く読んでいった。
 しかし、最後のハガキになると美優の動きが止まった。
「早く死ね!」
 美優は、ハガキに大きく書かれている文字をそのまま読んだ。そして、向かえに座る涼の顔を見た。涼は、目をそらすこともなく美優の顔を見ている。
 美優は、ハガキを自分の顔の前に掲げた。涼から自分の表情が見えないように。
「大丈夫です、安心してください、あともう一息ですから」
 強気だった。ただ、涼には、美優の頬をつたわる涙が見えた。涼は何も言わなかった。
「涼さん、私って、やっぱり表舞台には上がるべきじゃなかったのかな」
 放送が終わり、いつものように四人で休憩室に戻ると美優が言った。
「そうかもね、君のような子が表舞台には上がるべきじゃなかったのかもね」
 美優は、意表をつかれた気がした。涼がそんな言葉を返すとは考えていなかったのだ。
「涼さん、言い過ぎだって」
「そうですよ、涼さん」
 慶子と徹が言った。
「君がラジオ以外の仕事やめてから、君の容態を心配するメールや手紙が局にいっぱい届くようになった。君は大丈夫なのかってね。本当にラジオは生放送なのか、収録じゃないかのかってね、みんな心配してるんだ、君のこと、もうカリスマだからね、君は」
「カリスマなんて……」
 美優は、涼の言葉に少し戸惑った。
 涼は、続けた。
「それで、最近増えてきたメールが、君が死んだら自分も後を追いますっていうメールだ。
カリスマが死んだら、後追う人間がでる。つまり、君が死ぬことで、たくさんの人が後を追う。君はたくさんの人を道連れにしてあの世に行くんだ、俺は、もっと早く気づくべきだった」
「そんな……」
 美優は、言葉を失った。
 慶子と徹も黙ったままだ。
「帰りにメール渡すよ。家に帰って読むといい。自分が何をしてしまったのか。多分、君の事務所にだってたくさん来ているはずだ、そういうメールや手紙が」
 多分、三人とも後追いのことは気にしていた。ただ、私には言わなかった。気を使って。そう思うと、美優は、今まで何も考えずに浮かれて三人と接していた自分が惨めでむなしく思えた。仲間だと思っていたから……。
 休憩室で帰り支度をしていて美優は思った。また、来週ここに来なくちゃいけない、次はどんな顔してみんなに会ったらいいんだろう。そう思うと美優は気が重かった。
 帰り際、徹が美優を局の廊下で呼び止めた。
「これ、涼さんがさっき言ってたメールの束」
 徹からそれを受け取ると美優は言った。
「私なんて、最初からいなきゃ良かったんですよね、とんだ疫病神ですよね、わたし」
「そんなことないって、君に励まされたり、勇気をもらった人だってたくさんいるんだから、それに、そういうメールの方が圧倒的に多いんだから、……それと涼さんのことなんだけど……」
「?……」
「ここだけの話なんだけど、涼さんの娘さん、君の熱狂的なファンなんだ」
「えっ、涼さんって子供いたんですか」
「うん、中二の娘、学校でいろいろあったみたいでさ、不登校になっちゃて、ずーっと家に引きこもってるんだって。一日中、美優ちゃんの曲聴いてるって、心のよりどころなんだよ、きっと、美優ちゃんが、だから……」
「そうなんだ……」
 美優と徹が二人で話していると廊下まで斉藤が向かえ来た。
 帰りの車の中で美優は、思い切って斉藤にメールのことを聞いてみた。
「ああ、そのことか、お前が死んだ後、あと追う奴がたくさん出るのは間違いないだろうな。実際、昔、有名アイドルが死んだ時も若い奴がたくさん後を追ったし。俺、その時の統計グラフ見たことあるけど、若い奴の自殺がその時期だけ突出してたな」
 美優は斉藤のその話を聞いてふさぎこんでしまった。本当なんだ。そう思った。
「あまり気にするな、気にしたって、美優、お前にはもうどうすることも出来ないんだ、しょうがないじゃないか、それに別にお前が手を下すわけじゃない」
「……」
 美優は、その日、一睡もできなかった。
 
「取り返しのつかないことしてしまった、わたし、どうしたらいいんだろう」
 美優は、机に向かい頭を抱えて悩んでいた。優が部屋に入ってきた。
「お前、この間、言ってたこと悩んでるのか?、でも、どうしようもないじゃないか悩んだって、解決する方法がないんだから」
「わたし、自分が有名になりたいばかりになんてバカなことしたんだろ、私なんて、いますぐここで死ねばいいんだよ」
「……」
「でも、それも出来ないんだよね……、問題の解決にならないもんね、そんなことしても。それより、何かいい方法ないのかな、私の後追いを防ぐ」
 美優は、机の上に置かれたメールの束に目をやった。
 それを見て優が美優にやさしく言う。
「仕方ないじゃないか、もう」
「悲しいよね……、死んだら……、家族も友達もみんな悲しむよね……、……そして、その原因はわたし……」
「……」
「わたし、自分が死ぬまでに絶対何かいい方法見つける、いや、見つけなきゃ、私のために人が死ぬなんて絶対イヤ、……私、人殺しにはなりたくない……」
「……」

 次の土曜日、また、斉藤が向かえに来た。
「今週から放送が終わるまで俺もスタジオの中にいるから」
 車を運転しながらか斉藤が言った。
「えっ?」
「俺もいつもお前の放送は聴いてんだよ、だから、俺もいてやるよ」
 美優は、斉藤のその言葉に安心した。先週のこともあり、スタジオに行くのもラジオのスタッフと数時間一緒にいて仕事をするのも不安に思っていた。斉藤が中にいてくれれば少しは心強い。
「美優、お前のコンサートのチケットあっという間に完売だったぞ、五分で三万枚があっとういう間だ、俺も驚いたな、さすがに。まあ、最初で最後のコンサートだから当然かもな、何十万出しても欲しいって言う奴もいるかもな」
「十月二日かあ……」
「そのことなんだけど、事務所にいっぱいクレーム来てたな。関係者からは、四月に余命半年って言われてるのに大丈夫なのかって、歌えるのかって、それよりも、ちゃんと生きてるのかって。ファンからもどうしてもっと早くにしなかったんだってな」
「……、私、絶対コンサートまで生きてます」
「ふっ、その調子だ」
 斉藤がいたこともあり、ラジオの放送は、いつものように卒なくこなすことが出来た。

   ラストコンサート

 八月中頃だった。ラジオの放送中、美優がついに倒れた。ラジオ局には問い合わせのメールが殺到した。幸い、すぐ斉藤が山田の病院に運んだので大事には至らなかった。病気に心労が重なったのが原因だった。美優はラジオの仕事も降りることになった。
「お前、最近、ふとんの中でぼーっとしてるけど大丈夫か?」
 布団の中で横になっている美優に優が声をかけた。
「うん、大丈夫、コンサートに向けて体力温存してるだけだから。それに、ぼーっとしているんじゃなくて、頭の中で作詞作曲してるんだ、コンサートまであと二週間切ったし、頑張らなきゃ。コンサートの最後に歌う曲、いいのできるといいな。私がつくる本当に最後に曲だから
「……いい曲ができるといいな」
「うん」

 十月二日、コンサート当日、外はドシャ降りの雨だったにもかかわらず開場前から長蛇の列が続いていた。
 控え室で、美優はベッドの上で横になっていた。横には優と山田がいる。
 山田は美優の髪の毛の中や心臓のあたりになにやら取り付けている。
「美優ちゃんの様子、このモニターでずっと見てるからね」
 そう言うと、山田は、ノートパソコンの画面を指さした。画面には美優の脳波や心拍数、その他の値がグラフなって映しだされていた。
「俺とお父さんは、舞台の袖にいるから。危ないと思ったら、すぐに止めに入るからね、いいね」
「できれば、最後まで歌わせて欲しいな、私には最後までやり遂げる義務があるから」
 斉藤と社長は別の控え室に待機していた。部屋には大画面のモニターが置かれ、美優の姿が見られるようになっていた。
「いよいよ、始まるな」
「そうですね」
「よく今日まで生きててくれたよ、あの子に感謝しないとな、賭けは大成功だ」
「ええ……」

「そろそろ、始まりまーす、準備してくださーい」
 スタッフの声が美優達の控え室に届く。三人は部屋を出た。
 会場内に音楽が鳴り響く。美優の登場を待つファンたちがざわめき立つ。
 三人は舞台の袖に到着し、山田は腰を下ろしノートパソコンを開く。その画面を見ると美優の心拍数が上がっているのがわかる。
「お父さん、行ってくるね」
 美優は今までに見せたことのない最高の笑顔を優に見せた。
「ああ」
 優は返事をした。 
「今までありがとうね、私のこと忘れないでね!」
「……」
 美優は優に手を振りステージの方へ走っていった。
 優は、美優の後ろ姿をただ呆然と見つめていた。
 美優が振り返りステージ側を向いたとき、美優の瞳から涙がこぼれたが優にそれは見えなかった。
 美優がステージに登場すると会場は大きな拍手の渦につつまれた。そして、美優は音楽にあわせ元気よく歌いだした。美優の左手首には父からもらった高級な腕時計がはめられていて、時折、照明にあたり輝いているように見える。
 明るい楽しいノリの曲、しっとりと歌い上げる曲、時折はさむMC、美優は、次々とコンサートのプログラムをこなしていく。そんな様子を優や斉藤、そして涼もそれぞれの思いで見守っていた。
「あんなに歌ったり、踊ったりできるなんて奇跡だな、立っているだけでもやっとのはずなのに」
 山田が言った。
「このコンサートにかける気力のなせるわざなのかな」
 山田が続けた。
 しかし、優は、また返答せず、ずっと美優を見つめたままだった。
 コンサートは大変な盛り上がりをみせ、いよいよ終盤を迎えた。
 美優がマイクを持ち観客に話しかける。
「とうとうこのコンサートもあと最後の一曲となりました。最後の曲は、私がみんなに届けたい未発表の新曲です。でも、その前に、わたしには、みんなに謝らなきゃならないことがあります」
 会場内はざわついた。
 一呼吸置いてから美優が大きな声で言った。
「病気なんてウソなんです!、私、有名になりたかっただけなんです!、ごめんなさい!、いままでだましてて本当にごめんなさい!」
 会場のざわつきは、一瞬にして罵声と悲鳴に変わった。
「……本当に、ごめんなさい……」
 美優は申し訳なさそうにうつむいて言った。
 しかし、会場がおさまるはずもなかった。
 すごい罵声……、……でも、これで良かったんだよね……、美優は心の中でそうつぶやいた。
 優は下を向いた。さらし者になった美優を見ていられなかった。
 そして、悲しさと悔しさを必死に押し殺した。
 ステージにすぐにでも飛び出して行きたい気持ちはあった。でも、美優の思いを無駄にしたくはなかった。だから耐えた。
 最前列の観客席に座っていた涼も驚きを隠せなかった。
「あいつ、何言ってんだ!」
 控え室のモニターに向かって斉藤が叫んだ。
「伝説になれたのに……」
 斉藤は悔しそうな表情をした。
「社長、俺、いますぐに会場に行って観客に真相を話してきます」
 斉藤は部屋を飛び出そうとした。
「待て!」
 控え室を今にも飛び出そうとした斉藤を社長は止めた。
「このコンサートのDVDの話は無しだ」
「え?」
 斉藤は驚いた。
「いいんだ、……もう。だから、お前も行くな」
「どういうことですか!、社長!」
 斉藤は社長に食ってかかった。
「なあ、斉藤、もしお前が十六なら、あの子と同じこと出来たか?、人一倍、みんなの心にきれいな姿で残りたいと思っている子が、醜い人間としてみんなの心に残ることを選んだんだ。自分の後追いの被害を最小限にするために。後を追おうと思っていた人間の中には彼女に敵意を持つ者も現れるだろう。でも、そんな人間は彼女のために死のうなんて思わなくなる。彼女なりに出した答えなんだろう、これが。だから、斉藤、あの子の決断を無駄にするな」
「社長……」
「俺は、自分が恥ずかしいよ……」
 社長の目には涙があふれていた。それは、社長が斉藤に見せる初めての涙だった。
 ステージの上では、下を向き左手のこぶしを握り締め美優がじっと浴びせられる罵声に耐えている。どよめきが若干弱くなった頃を見計らって美優がしゃべった。
「最後にみんなに届けたくて作った曲、一曲だけ歌わせてください!、そしたら、もう二度とみんなの前には現れませんから!」
「ふざけるー!、引っ込めー!」
「詐欺師―!、お前なんか死んじまえー!」
 会場はさらなる罵声に包まれ、美優では、もう収拾がつかない状態になってしまった。
 そのとき、観客席から一人の男が飛び出しステージに駆け上がった。照明を顔に浴びている美優からは男の顔は見えない。美優は逃げなかった。殺されても仕方ない覚悟はすでに出来ていたのだ。
 会場がざわつく。
「おい、あれ、DJの涼じゃないか?」
 観客の一人が言った。
「ホントだ、あれ、涼だ」
 涼は、美優に駆け寄ると、大きく手を振り上げ美優に平手打ちを食らわせた。美優の顔が大きくふられ、マイクが美優の手から落ちた。
「これで、良かったのか?、美優ちゃん」
「はい、後悔してません」
 小声でそんなやりとりが交わされた。
「ありがとう、美優ちゃん。後は俺にまかせて」
 涼は、落ちたマイクを拾い観客の方を向いた。
「お前らより、一緒に仕事をしててだまされてた俺の方が何倍も悔しいんだ!、いまここで、こいつを殺してやりたいくらいだ!、でもこんな子供にまんまとだまされた俺たちにだって問題はあるだろう!」
 会場がまたざわつく。
「こいつは、すごく悪い奴かもしれない。でも、まだ、子供なんだ!。ついたウソが取り返しつかなくなっただけなんだ!。きっと。だから、頼む!、許してやってくれ!」
 美優はうつむき、くやし涙を流した。
「泣けばすむってもんじゃねーよ!」
 観客の一人が叫んだ。
 じっと静かに耐えている美優を見て、涼も涙を抑えきれなくなった。そして、泣きながら叫んだ。
「お前ら、ここに来てる奴、この子の歌で癒されたり、励まされたり、勇気付けられたりしたことは事実だろ!、俺は、ラジオに来るメールや手紙をいつも読んでるからわかる。この子はウソつきかもしれないけど、この子の歌は本物なんじゃないのか!、だから、新曲聴いてやろうじゃないか、そして、それが終わったら、消えてもらおう、みんなの前から。なあ、みんな、それでいいだろう」
 会場に集まったのは美優の熱狂的なファンばかりということもあり、当然、ほとんどみんな美優と涼のラジオのリスナーでもだった。そのことも幸いし、涼の話は、観客の声にかき消されることはなかった。
 会場が静かになりかけたその時だった。美優の顔目がけて携帯電話が飛んできた。それは、美優の額に当たり、そこから血が流れた。投げたのは最前列に座っていた少女だ。
 しかし、誰もその少女を捕まえようとするものはいなかった。
 警備員でさえも……。
 もう、観客席側に美優の味方は誰もいない……。彼女は、もう、彼らにとって醜い存在なのだ。
 よろめき倒れそうになる美優を涼の腕がやさしく包んだ。
 美優は、ゆっくりと涼の手からマイクをとり、静かに歌いだした。観客は徐々に美優の歌に聴き入って行く。目を閉じ美優の曲に酔いしれる観客たち。ステージ上からその様子を見る涼は、美優の底知れない実力に息をのんだ。
 これが、この子の実力なのか、俺ももっと若くてこの子の熱狂的なファンだったら、この子の後を追ってたかもしれない、涼はそう思うと、飛びぬけた才能を持ってしまったために自己犠牲を選んだ美優が哀れに思えた。
 涼は、観客もおさまり自分の役目を終えたと思い、客席に戻ることにした。なにより、美優の曲を客として味わいたかった。
 なんて心に響いてくる曲なんだ、なんてやさしい歌声なんだ、こんなすばらしい曲を書く人がウソをついていたなんて信じられない、観客の誰もがそう思いながら美優の歌を聴いていた。
「信じられん……」
 ノートパソコンの画面を見ていた山田が驚いた顔をしてつぶやいた。
「やめさせる、血がとまらないじゃないか」
 舞台袖で見ていた優が言った。
 美優の額からは、頬を伝わり血がポタポタと落ち真っ白な衣装の一部が血で染まっていた。
 優が飛び出そうとすると山田が優の袖をつかみ引き止めた。
「やめろ、行っても無駄だ!」
「無駄ってどういうことだよ!」
 優は山田を怪訝そうな顔で見た。
 山田は真剣な表情で優に言った。
「彼女、もう……、死んでいる……」
 優は山田の顔を見つめた。
「間違いない」
 優は振り返り美優を見た。そこには確かにステージ上で歌っている美優がいる。その姿は照明に照らされ輝いているように見えた。
 優はただ呆然と美優を見つめていた。
 美優が曲を最後まで歌い上げ、下を向くと手からマイクがこぼれ落ちた。         
 一瞬の静寂の後、拍手とアンコールの声が会場に鳴り響いた。
「美優――――!」
 優の叫び声は観客の拍手とアンコールの大合唱にかき消された。
 美優はステージ上で立ったままうつむいて動かなかった。
 美優は死んだ。
 拍手と喝采に包まれながら……。

    かなえられた願い

 美優の死から二週間がたった。
 ラジオのスタッフも社長も斉藤も美優が本当に死んだことは誰も口にしなかった。美優の病院のカルテの記録は、優が山田に無理を言って抹消してもらった。死亡診断書も書かず葬式も出さなかった。書類上、美優はまだ生き続けていた。
 優は、美優が眠る墓に手を合わせた。
「ごめんな、葬式も出さなくて、でも、これで良かったんだよな、美優。お前の望んだとおり後追い自殺の話はまったく聞かないよ、でもそれってみんながお前のことを……」
 優は、言葉を続けるのをやめた。
 墓地からの帰り道、優の前を三人の少年が歩いていた。三人は、それぞれ別の学校の制服を着ていた。後ろからちょっと見ただけだったが優には三人ともに見覚えと声に聞き覚えがあった。美優のファンクラブの子達だ。
 三人とも不登校で家にひきこもっていたが、美優が強引に家に押しかけファンクラブに入会させた子だ。美優は自分に来たメールを見てひきこもった子達をなんとか社会復帰させようと、よく家に押しかけた。優と一緒にそういう活動もしていた。三人は、ファンクラブ活動を通して仲良くなった子達だった。今は三人とも学校に通っている。
「お前、まだ、そんなCD持ってんのかよ。そんなの中古でも引き取ってくれないぞ、誰も買わないじゃん、そんなの」
 一人の少年がもう一人の少年からCDを取り上げて言った。美優の最初で最後のCDだ。
「こんなもんいらねーよ」
 少年は、そう言ってCDを取り返すと、それを地面に投げつけ足で思い切り叩き割った。
 美優の顔の中心から放射線状にひびが入る。
「そういえば、あいつ、コンサートの最後に動かなくなって涼達に運ばれてたよな」
 もう一人の少年が言った。
「ああ、ホームページ見たけど、脳しんとうだって。それに、額も五針縫ったって。携帯が頭に当たったのが原因って書いてあったな。ざま見ろだよな。嘘なんかつくからバチがあたったんじゃねーの、ほんと、俺たちもまんまとだまされたよな」
「何が余命あとちょっとだよ、今度見かけたら殴ってやる」
「俺はもうあいつとはかかわりたくないよ」
「それもそうだな」
「もう忘れよう、あんなやつのこと」
 CDを壊した少年が最後に言った。
 少年達が去った後、地面に置き去りにされた美優のCDを見て優は左手のこぶしを強く握り締めた。手首には美優の腕時計がはめられていた。

 まぶしい太陽の光が美優の笑顔を照らしていた。




 長いですけど全部読んでくれた人ありがとうございました。
 10代少女向けっぽい話なのでつまらない人にはつまらなかったと思いますが、感想などありましたら、是非聞かせてください。

 なお、この原作は作画して投稿する予定がありませんので、作画して投稿してみたいという人がいたらご連絡下さい。


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テーマ:漫画家志望の日記 - ジャンル:アニメ・コミック

この記事に対するコメント
おもしろい!
すごくおもしろかったです!
ただ後味が悪いのが気になりました。
このラストでは主人公があまりにもかわいそうな気が・・・。
【2008/05/03 02:57】 URL | クリカラ丸 #CiUd5jms [ 編集]

よみました
雪の花酒造の漫画の件に触れたブログから辿りこちらを開く機会に恵まれました。

製本されているものを除いては、他人の書いた小説を読むことはまずない僕ですが、この作品は最後まで読ませていただきましたよ。
自分の書く小説とはまた違ったイメージだったので新鮮でした。
これからも何か良い作品をお作りください。

【2008/10/05 19:14】 URL | ちゃき #JZ2AL5Xs [ 編集]


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